2020年11月03日
ネコの交通事故死 飼い主として考えたこと
こんにちはエフケーです。
今回はダートラ話ではないです。
僕の言い訳だらけです。
考え方様々です。ネコの今の生活状況は家飼いが一般常識なのかもしれない。
間違っていた僕の言い訳。
11月に入りました。
10月下旬の週末は暖かい陽気でした。
先々週九州で全日本ダートラ最終ラウンドも終わり、先週末も各地でイベントが開催されていてSNSでは沢山のお話が挙がってた。
僕も本当は千葉ダートラでも行こうかな?と思ってはいたのですが月末に昨年不合格だった資格試験の再受験を控えていて勉強しなきゃといいつつ何もしない日々がすでに一ヶ月経ってしまい、もう一ヶ月きってしまってる。
そんな事もあったのでエントリすることを控えて・・
そして仕事も出張続きの先週。
先週水曜日は神奈川秦野へ出張だったのでその帰りアクション小山さんと久しぶりに食事をしたく途中下車・・
そこまでは良かった。
21時ごろ葉月より着信。
電話の向こうでは泣きながら、我が家の飼い猫シロちゃんが交通事故に遭って恐らく死んだと。
僕の背中がぞっとしまい・・・小山さん、早く帰ってやれって。
そして、11月1日 日曜、色々ありましたが無事火葬して自宅に戻った。
我が家のネコちゃん達との生活は全て無くなってしまい、家庭にも心にも大きな穴が開いてしまった。
しかし、一番ショックだったと思う葉月は土日部活動での登山合宿には行った。
きっと空元気なのかも知れないけども・・。今の葉月は僕より強いのかもしれない。
僕はそれから2、3日あまり食欲も無く、何やるにも気持ちが進まない。
正直言うと自責の思いばかりで泣いている時間が多かった。
それは僕の責任で3匹のネコ達を生かし続けさせられなかったから。
なので今回は自責の意味でブログに自分の今の思いを残すことにしておくようにします。
振り返るとき、また出会いがあったとき、家族のことで災いが起きないために。
*******************************
【振り返り】
3年前、葉月が中学2年生の夏休み。部活帰りの小雨の中通学路で3匹の子ネコを拾ってきた。
僕とカミサンが困った顔をしたけども
『だって伝えただけじゃ駄目って言うでしょ?』
僕は困った挙句葉月を連れて、拾った現場に。
拾った現場の近くではネコを飼っているご家庭が2件ほどあったのでひょっとしたらその子たちじゃないかってそう思ったけど違うと言われた。
なので、いきなり3匹の子ネコを保護する事に。
来た子猫3匹は2匹が多分兄妹(雄雌)1匹は洋ネコ雄っぽい。
兄妹子猫はじゃれあってたけど洋ネコはちょっと離れて見てるだけ。
あまり一緒にはいなかったのかな?
FBなどで友人たちにご紹介したものの一生懸命里親探しをしたわけでもなく
ジモティというサイトにも投稿したわけでもなく。どうしようかと思っているだけ・・。曖昧な自分。
僕としてはまだ招きいれるわけじゃなかったから、自宅にも入れずに夜も玄関ドア付近で寝かせていました。躊躇してた。
実はその当時、カミさんが病気で具合が悪くて寝込んでいる時期でありその後入院・手術となった。
僕も競技と仕事で精一杯。実家にと思ったけど高齢だし、カミさん実家はお願いしずらい。
保護してから3、4日経った夏の早朝、玄関を開けると兄妹ネコは居ましたが洋ネコは居ない。。
家の周りを見渡すと敷地内で横たわっていました。
夜間に何かの動物かカラスなどに首をかまれて死んでいた。非常に短い命を僕が躊躇したことで死なせてしまった。家族を呼び、泣きながら家庭菜園、畑の端に埋めてあげた。
その後、兄弟ネコを避難させるため夜は玄関内とトイレスペースだけに入れた。
葉月も夏休みだった事もあり在宅時間も多かった。
子猫なのであっちこっち行かなくても庭で事足りてた。
名前もどうしようかと思い、里親見つかるまでのひとまず名づけたのが全体的に黒が多いのがクロちゃん、白が多いのでシロちゃんと名づけたけど結局最後までその名前だった。
カミさんはその後入院、緊急手術、2匹のネコを飼うべきか悩んだが
可愛い姿を見ていてようやく2匹を引き取ろうと決めたのは確か一ヶ月経った頃。
子ネコたちもすくすくと成長。
夏も過ぎ、秋に入って兄弟ネコも大きくなって獣医さんのところに行き、飼い猫と認めた上で去勢と避妊手術をしたけども、その後2週間程の経った11月23日祭日、雄のクロちゃんが隣接している市道で交通事故に遭わせてしまった。
飼いネコとして認めたくせに僕の曖昧だった育て方、家飼いなのか外飼いなのか・・決められずに。。
だから交通事故に遭わせてしまった。ネコ達の安全を優先選択せずに。
今思えばネコたちには一緒と一緒に居て癒しはもらっていたくせに、この子たちがしっかり安心に生活できる様な環境への対応は出来ていなかった僕の勝手な都合だと今振り返るとそう思ってる。
その後雌のシロちゃんの様子がおかしい。ソワソワしていて泣いている。
いつも一緒に遊んで、寝て、ご飯たべての生活から一転して一匹になったから・・。
『お父さん、もう家の全部にいれようよ』
そして、家の何処の場所でも居心地の良い場所を作って育っていった。
でも・・
外飼いもそのままだった。
雄のクロちゃん火葬して戻ってきたその晩、僕は家族3人で会議した。
残ったシロちゃんを災害から避けるため家飼いに変更するか、そのままにするかと。
結果はそのままで、だった。
庭でじゃれあい、安心して昼寝をしている姿を見ていて、ネコらしいなとそう感じて続けてしまった。
でも、事故前よりも何かしなくてはと思い、ネコが通りそうな場所へはカバーやネット装着をして簡単に飛び出ないような対策や表札前道路を通過するドライバーさんに気づいていただくようにと最低限の配慮はした・・
家族は皆朝8時前に不在になり、帰宅も17時以降。
一匹残された暗い家の中で、寂しく待っている、外の楽しさも分かっているシロちゃんに自由を奪うのは。。
とネコがネコらしい生き方は何だろうと考え、あっちこっちのHPを見て勿論批判反論沢山見た。
そして予防接種受けた獣医さんに相談した。
『ネコの幸せは飼い主さんが決めることだ』
『ネコはネコらしい生き方が本当はいいんだ』
だから毎朝僕は玄関先で座っているシロちゃんに
『じゃぁ行ってくるよ、交通事故には気をつけるんだよ』
って撫でて
玄関先にあるクロちゃんの遺影とお骨が入っている包みについている首輪の鈴を鳴らしお線香とともに
『クロちゃん、シロちゃんを守ってね』
毎日欠かさずやってきた。
ひょっとしたら帰ってきたらもうこの世にはいないかもしれないとそう思ってた。
でも毎夕毎夕、庭や玄関でちゃんと座って待っているシロちゃんを見かけるたびに安心してた。
だから大丈夫だろうと勝手にそう思っていた3年間は・・
******************
【事故の日と旅立ち】
僕はアクション小山さんと食事してた。
21時頃葉月からの電話で慌てて帰宅するものの気が動転してしまって気疲れで高速PAで止まったものの早く帰らねばとで何とか自宅に到着。
17時に自宅に葉月とカミさんが帰宅。
シロちゃんは帰宅してなかった。
帰宅していないのは良くある事なのでいつもの様に、名前を呼ぶこと1時間もすればどっかからひょっこりと表れていつもの様な生活に戻ってたのが当たり前になってた。
でも、その日は違って探す事約3時間・・・。
近所の家近くまで探した声が近所の人の耳に入り、21時くらいに近所の方が自宅に来て
朝、白い首輪をつけたネコが道路で死んでいたので、市役所の方に来てもらって引き取られて行ったとの事だった。
呆然と聞いていたカミさん、何を聞いたのか覚えていない。葉月は嘔吐。
0時頃僕が帰宅、色々聞くと状況が分からないままだが多分間違いはないと。
シロちゃんは行方不明のまま。
翌日、カミさんは会社に行かせ何かあったら帰る様に伝え、葉月は学校に行かせた。
僕は朝一で市役所に。
自宅裏中央線がある県道(のちに市道とのこと)での動物回収は管轄外との事で離れた事務所へ行った。でも、通報を市役所で受けたこともあって内容は理解している様。
とても気にしていたのは回収後即処分になったらという事。
シロちゃんの亡骸にも会えないという事に繋がる。
でも3件回ってやっとシロちゃんを探せて自宅に連れて帰ってきた。
回収していただいた土建屋さんの社長さん
『以前、処分してから飼い主さんが表れて悲しい思いをさせた事があるんです。
我が家にもイヌを飼っているのでお気持ちよくわかるんです。だからお迎え来てくれて本当に良かったです』と。
僕は泣きながら帰宅、血で染まった顔をお湯で洗ってあげて綺麗にし氷で冷やし午後は仕事に行った。
それからの4日間は一緒に寝て、一緒に夕飯を食べ、会話し、撫でてあげて、涙も流した。
火葬場に行く前日、葉月とカミさんはシロちゃんへ手紙を書いていた。
僕は自責の気持ちが高すぎてかけなかった。ありがとうとは言えなかった。
自分が悪いから。
事故があった2日後の夢の中、何の夢かは覚えてはいないけど僕が何かを選ぼうとしたら
『ニャー』
とシロちゃんが泣く声がして目が覚めた。
今日の朝、4時ぐらいに起きてしまった。
ずっとシロちゃんが外に出してくれとせがむ時間だったから。
二度寝したら夢の中で野原の上に大木が何本か横たわっていたところに子ネコが何匹か遊んでいるのを見た。
その中にシロちゃんっぽい白い子ネコが僕の前でニャーという感じで笑ったとき目が覚めた。
一度起きると考えてしまって眠れない。
日曜日、送る日の朝に手紙を書いた。手紙というよりかは自責。
本当はこうしなければならなかった、ネコたちの自由を奪ってでも安全安心だって。
僕は会社で安全衛生関連の業務を今はしているのに、自宅のネコはそうじゃなかったからオレはバカなヤツだと自分に言い聞かせた。
クロちゃんを火葬した斎場に行き、同じ様にシロちゃんもしてもらった。
手を合わせていただく方に感謝を気持ちをお伝えして一つ聞いてみた。
飼い主さんでなくてもこちらにお見えになり良心な方もいらっしゃいます。
との話だった。
しかし色々調べると、ゴミ回収業者によって路上で死んでしまった動物は一般ゴミとしても扱われる様でタヌキとかイタチとかは恐らくその方法で処分されてしまう様。
保健所にて回収されて里親が出なかった動物たちの行く末はどうなのかと考えてしまった。
家に戻り、自宅で待っていたクロちゃんのお骨の隣へ並んだ。
火葬の帰り、土建屋さんにお礼の挨拶をしてきた。
社長さん喜んでくれてた。
聞くと通報が入って10分ほどで事故現場に到着したらしい。
本当はあそこの道は市道だったので僕の対応じゃなかったんですよ。
でも近かったので行きましたと。
もっと回収時間がかかったら・・
その社長さんじゃなかったら・・
シロちゃんが僕と家に帰りたい一心で出来た最後の思いだったのか。
*******************************
【今日のこと】
今日は祭日、葉月は学校休み、僕は在宅勤務。
昨日と今日事故があったと思われる時間、場所で立って交通状況をみていた。
見通しの悪くない道路でどのような感じで事故が起きたかを感じたく立ってた。
朝8時頃だということなのか女性ドライバーが多いな、と感じた。
車速は勿論高くない。
先週土曜日の日中、カミさんが二階のバルコニから事故現場を見ていて
『お父さん、シロちゃんが居たと思われるところにキジバトが良く降りてるよ』
と言われ見に行ったら
近くの木にキジバトの巣があり巣立ったキジバトが居たことを確認できた。
『そうか、シロちゃんはキジバトを捕まえにいったんだ』と
自宅庭にあるグレープフルーツの木に以前からキジバトの巣がある。
巣立ったハトもいたが残念ながらダメだったのもいる。
ここ2、3年はシロちゃんにタマゴ落とされたり、ヒナを連れてきてしまったり。
網張って、巣立ったもののカラスにやられたりもあった。
その日はそこにハトがいる事を知ってしまったんだね。
葉月と二人で1時間くらい玄関先で話合った。
ネコの習性をしっかり学んだうえ、ストレスを感じない術をしっかりやってれば家飼いでもネコは満足する。
飼い主さんが歩いて通る道はネコも安心して通ろうとする。
飼い主さんが渡らない道はネコの性格もあるだろうけども渡らない気もする。
シロちゃんの場合確かにそういう傾向はあった。
防護ネットを張っても、家族が渡る場所は飛んで渡っていたけど、それ以外はしっかり迂回はしてた。
『お父さん、もしいつかまたネコちゃんが来たら今度はちゃんと危険源とネコちゃんは隔離する様に、四季を感じて家の外でも幸せにするなら、防護壁をしっかり整えなくっちゃならない』と。
そして
『育てていく過程にてここは行かないを覚えさせて自ら行かない様にネコ教育をしたい』
と言っていた。
ネコの幸せは飼い主さんが作り上げて、提供するのが本来ネコが長い幸せを得ることなのかな。
人は未来を予想し考えれる
人は幸せというのが何かを理解できる、作り上げる事も出来る
人は様々な世界を知っている、理想は何かを知ってる
人が動物とどう上手く共存できるかを考えられる
人は生命の危険性を察知し改善策を打ち出せ実行できる
動物は目覚めて寝る、その時その時を生きている
僕はネコらしい生き方というのを勘違いしていたのかもしれない。
だからネコたちの命と引き換に大きな課題を与えてくれたのかもと捉えるようにした。
将来、孫が出来たときに同じ運命を辿らないようにと言われている気がした。
四季を感じ、雨風感じ、暑ければ陰に隠れ、寒ければ丸くなり、おなかが空いたら家に戻ってきて餌を食べる。
庭にいるカエルやトカゲ、蝶を追いかけて、草を食べたり、草の上で昼寝したり。
木に登ってキジバトヒナを捕まえたり、巣立ち時のスズメをつれてきたり。
向かいの大きなお屋敷の庭で自由に遊び、疲れたら戻ってきて。
僕はそれがネコらしい生き方だとそう思ってきた。本来はそうあるべきじゃないかって今も思ってる。
間違いではないと思い続けたい。
僕の住んでる地域ならそれを許容していただけてた。
でも、ネコに対する安全性を保障するならば、それらを制限しなくちゃならない。
制限をするとネコがかわいそうだと思うのは人間が動物に対する思いがそうする。
だが、ネコは今を生きている。
だから人が作り上げた世界の中で動物を安全保障するのは人だ。
安全性を保障ができなかった僕はこれからも悩み続けそうに思う。
エフケー
今回はダートラ話ではないです。
僕の言い訳だらけです。
考え方様々です。ネコの今の生活状況は家飼いが一般常識なのかもしれない。
間違っていた僕の言い訳。
11月に入りました。
10月下旬の週末は暖かい陽気でした。
先々週九州で全日本ダートラ最終ラウンドも終わり、先週末も各地でイベントが開催されていてSNSでは沢山のお話が挙がってた。
僕も本当は千葉ダートラでも行こうかな?と思ってはいたのですが月末に昨年不合格だった資格試験の再受験を控えていて勉強しなきゃといいつつ何もしない日々がすでに一ヶ月経ってしまい、もう一ヶ月きってしまってる。
そんな事もあったのでエントリすることを控えて・・
そして仕事も出張続きの先週。
先週水曜日は神奈川秦野へ出張だったのでその帰りアクション小山さんと久しぶりに食事をしたく途中下車・・
そこまでは良かった。
21時ごろ葉月より着信。
電話の向こうでは泣きながら、我が家の飼い猫シロちゃんが交通事故に遭って恐らく死んだと。
僕の背中がぞっとしまい・・・小山さん、早く帰ってやれって。
そして、11月1日 日曜、色々ありましたが無事火葬して自宅に戻った。
我が家のネコちゃん達との生活は全て無くなってしまい、家庭にも心にも大きな穴が開いてしまった。
しかし、一番ショックだったと思う葉月は土日部活動での登山合宿には行った。
きっと空元気なのかも知れないけども・・。今の葉月は僕より強いのかもしれない。
僕はそれから2、3日あまり食欲も無く、何やるにも気持ちが進まない。
正直言うと自責の思いばかりで泣いている時間が多かった。
それは僕の責任で3匹のネコ達を生かし続けさせられなかったから。
なので今回は自責の意味でブログに自分の今の思いを残すことにしておくようにします。
振り返るとき、また出会いがあったとき、家族のことで災いが起きないために。
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【振り返り】
3年前、葉月が中学2年生の夏休み。部活帰りの小雨の中通学路で3匹の子ネコを拾ってきた。
僕とカミサンが困った顔をしたけども
『だって伝えただけじゃ駄目って言うでしょ?』
僕は困った挙句葉月を連れて、拾った現場に。
拾った現場の近くではネコを飼っているご家庭が2件ほどあったのでひょっとしたらその子たちじゃないかってそう思ったけど違うと言われた。
なので、いきなり3匹の子ネコを保護する事に。
来た子猫3匹は2匹が多分兄妹(雄雌)1匹は洋ネコ雄っぽい。
兄妹子猫はじゃれあってたけど洋ネコはちょっと離れて見てるだけ。
あまり一緒にはいなかったのかな?
FBなどで友人たちにご紹介したものの一生懸命里親探しをしたわけでもなく
ジモティというサイトにも投稿したわけでもなく。どうしようかと思っているだけ・・。曖昧な自分。
僕としてはまだ招きいれるわけじゃなかったから、自宅にも入れずに夜も玄関ドア付近で寝かせていました。躊躇してた。
実はその当時、カミさんが病気で具合が悪くて寝込んでいる時期でありその後入院・手術となった。
僕も競技と仕事で精一杯。実家にと思ったけど高齢だし、カミさん実家はお願いしずらい。
保護してから3、4日経った夏の早朝、玄関を開けると兄妹ネコは居ましたが洋ネコは居ない。。
家の周りを見渡すと敷地内で横たわっていました。
夜間に何かの動物かカラスなどに首をかまれて死んでいた。非常に短い命を僕が躊躇したことで死なせてしまった。家族を呼び、泣きながら家庭菜園、畑の端に埋めてあげた。
その後、兄弟ネコを避難させるため夜は玄関内とトイレスペースだけに入れた。
葉月も夏休みだった事もあり在宅時間も多かった。
子猫なのであっちこっち行かなくても庭で事足りてた。
名前もどうしようかと思い、里親見つかるまでのひとまず名づけたのが全体的に黒が多いのがクロちゃん、白が多いのでシロちゃんと名づけたけど結局最後までその名前だった。
カミさんはその後入院、緊急手術、2匹のネコを飼うべきか悩んだが
可愛い姿を見ていてようやく2匹を引き取ろうと決めたのは確か一ヶ月経った頃。
子ネコたちもすくすくと成長。
夏も過ぎ、秋に入って兄弟ネコも大きくなって獣医さんのところに行き、飼い猫と認めた上で去勢と避妊手術をしたけども、その後2週間程の経った11月23日祭日、雄のクロちゃんが隣接している市道で交通事故に遭わせてしまった。
飼いネコとして認めたくせに僕の曖昧だった育て方、家飼いなのか外飼いなのか・・決められずに。。
だから交通事故に遭わせてしまった。ネコ達の安全を優先選択せずに。
今思えばネコたちには一緒と一緒に居て癒しはもらっていたくせに、この子たちがしっかり安心に生活できる様な環境への対応は出来ていなかった僕の勝手な都合だと今振り返るとそう思ってる。
その後雌のシロちゃんの様子がおかしい。ソワソワしていて泣いている。
いつも一緒に遊んで、寝て、ご飯たべての生活から一転して一匹になったから・・。
『お父さん、もう家の全部にいれようよ』
そして、家の何処の場所でも居心地の良い場所を作って育っていった。
でも・・
外飼いもそのままだった。
雄のクロちゃん火葬して戻ってきたその晩、僕は家族3人で会議した。
残ったシロちゃんを災害から避けるため家飼いに変更するか、そのままにするかと。
結果はそのままで、だった。
庭でじゃれあい、安心して昼寝をしている姿を見ていて、ネコらしいなとそう感じて続けてしまった。
でも、事故前よりも何かしなくてはと思い、ネコが通りそうな場所へはカバーやネット装着をして簡単に飛び出ないような対策や表札前道路を通過するドライバーさんに気づいていただくようにと最低限の配慮はした・・
家族は皆朝8時前に不在になり、帰宅も17時以降。
一匹残された暗い家の中で、寂しく待っている、外の楽しさも分かっているシロちゃんに自由を奪うのは。。
とネコがネコらしい生き方は何だろうと考え、あっちこっちのHPを見て勿論批判反論沢山見た。
そして予防接種受けた獣医さんに相談した。
『ネコの幸せは飼い主さんが決めることだ』
『ネコはネコらしい生き方が本当はいいんだ』
だから毎朝僕は玄関先で座っているシロちゃんに
『じゃぁ行ってくるよ、交通事故には気をつけるんだよ』
って撫でて
玄関先にあるクロちゃんの遺影とお骨が入っている包みについている首輪の鈴を鳴らしお線香とともに
『クロちゃん、シロちゃんを守ってね』
毎日欠かさずやってきた。
ひょっとしたら帰ってきたらもうこの世にはいないかもしれないとそう思ってた。
でも毎夕毎夕、庭や玄関でちゃんと座って待っているシロちゃんを見かけるたびに安心してた。
だから大丈夫だろうと勝手にそう思っていた3年間は・・
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【事故の日と旅立ち】
僕はアクション小山さんと食事してた。
21時頃葉月からの電話で慌てて帰宅するものの気が動転してしまって気疲れで高速PAで止まったものの早く帰らねばとで何とか自宅に到着。
17時に自宅に葉月とカミさんが帰宅。
シロちゃんは帰宅してなかった。
帰宅していないのは良くある事なのでいつもの様に、名前を呼ぶこと1時間もすればどっかからひょっこりと表れていつもの様な生活に戻ってたのが当たり前になってた。
でも、その日は違って探す事約3時間・・・。
近所の家近くまで探した声が近所の人の耳に入り、21時くらいに近所の方が自宅に来て
朝、白い首輪をつけたネコが道路で死んでいたので、市役所の方に来てもらって引き取られて行ったとの事だった。
呆然と聞いていたカミさん、何を聞いたのか覚えていない。葉月は嘔吐。
0時頃僕が帰宅、色々聞くと状況が分からないままだが多分間違いはないと。
シロちゃんは行方不明のまま。
翌日、カミさんは会社に行かせ何かあったら帰る様に伝え、葉月は学校に行かせた。
僕は朝一で市役所に。
自宅裏中央線がある県道(のちに市道とのこと)での動物回収は管轄外との事で離れた事務所へ行った。でも、通報を市役所で受けたこともあって内容は理解している様。
とても気にしていたのは回収後即処分になったらという事。
シロちゃんの亡骸にも会えないという事に繋がる。
でも3件回ってやっとシロちゃんを探せて自宅に連れて帰ってきた。
回収していただいた土建屋さんの社長さん
『以前、処分してから飼い主さんが表れて悲しい思いをさせた事があるんです。
我が家にもイヌを飼っているのでお気持ちよくわかるんです。だからお迎え来てくれて本当に良かったです』と。
僕は泣きながら帰宅、血で染まった顔をお湯で洗ってあげて綺麗にし氷で冷やし午後は仕事に行った。
それからの4日間は一緒に寝て、一緒に夕飯を食べ、会話し、撫でてあげて、涙も流した。
火葬場に行く前日、葉月とカミさんはシロちゃんへ手紙を書いていた。
僕は自責の気持ちが高すぎてかけなかった。ありがとうとは言えなかった。
自分が悪いから。
事故があった2日後の夢の中、何の夢かは覚えてはいないけど僕が何かを選ぼうとしたら
『ニャー』
とシロちゃんが泣く声がして目が覚めた。
今日の朝、4時ぐらいに起きてしまった。
ずっとシロちゃんが外に出してくれとせがむ時間だったから。
二度寝したら夢の中で野原の上に大木が何本か横たわっていたところに子ネコが何匹か遊んでいるのを見た。
その中にシロちゃんっぽい白い子ネコが僕の前でニャーという感じで笑ったとき目が覚めた。
一度起きると考えてしまって眠れない。
日曜日、送る日の朝に手紙を書いた。手紙というよりかは自責。
本当はこうしなければならなかった、ネコたちの自由を奪ってでも安全安心だって。
僕は会社で安全衛生関連の業務を今はしているのに、自宅のネコはそうじゃなかったからオレはバカなヤツだと自分に言い聞かせた。
クロちゃんを火葬した斎場に行き、同じ様にシロちゃんもしてもらった。
手を合わせていただく方に感謝を気持ちをお伝えして一つ聞いてみた。
飼い主さんでなくてもこちらにお見えになり良心な方もいらっしゃいます。
との話だった。
しかし色々調べると、ゴミ回収業者によって路上で死んでしまった動物は一般ゴミとしても扱われる様でタヌキとかイタチとかは恐らくその方法で処分されてしまう様。
保健所にて回収されて里親が出なかった動物たちの行く末はどうなのかと考えてしまった。
家に戻り、自宅で待っていたクロちゃんのお骨の隣へ並んだ。
火葬の帰り、土建屋さんにお礼の挨拶をしてきた。
社長さん喜んでくれてた。
聞くと通報が入って10分ほどで事故現場に到着したらしい。
本当はあそこの道は市道だったので僕の対応じゃなかったんですよ。
でも近かったので行きましたと。
もっと回収時間がかかったら・・
その社長さんじゃなかったら・・
シロちゃんが僕と家に帰りたい一心で出来た最後の思いだったのか。
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【今日のこと】
今日は祭日、葉月は学校休み、僕は在宅勤務。
昨日と今日事故があったと思われる時間、場所で立って交通状況をみていた。
見通しの悪くない道路でどのような感じで事故が起きたかを感じたく立ってた。
朝8時頃だということなのか女性ドライバーが多いな、と感じた。
車速は勿論高くない。
先週土曜日の日中、カミさんが二階のバルコニから事故現場を見ていて
『お父さん、シロちゃんが居たと思われるところにキジバトが良く降りてるよ』
と言われ見に行ったら
近くの木にキジバトの巣があり巣立ったキジバトが居たことを確認できた。
『そうか、シロちゃんはキジバトを捕まえにいったんだ』と
自宅庭にあるグレープフルーツの木に以前からキジバトの巣がある。
巣立ったハトもいたが残念ながらダメだったのもいる。
ここ2、3年はシロちゃんにタマゴ落とされたり、ヒナを連れてきてしまったり。
網張って、巣立ったもののカラスにやられたりもあった。
その日はそこにハトがいる事を知ってしまったんだね。
葉月と二人で1時間くらい玄関先で話合った。
ネコの習性をしっかり学んだうえ、ストレスを感じない術をしっかりやってれば家飼いでもネコは満足する。
飼い主さんが歩いて通る道はネコも安心して通ろうとする。
飼い主さんが渡らない道はネコの性格もあるだろうけども渡らない気もする。
シロちゃんの場合確かにそういう傾向はあった。
防護ネットを張っても、家族が渡る場所は飛んで渡っていたけど、それ以外はしっかり迂回はしてた。
『お父さん、もしいつかまたネコちゃんが来たら今度はちゃんと危険源とネコちゃんは隔離する様に、四季を感じて家の外でも幸せにするなら、防護壁をしっかり整えなくっちゃならない』と。
そして
『育てていく過程にてここは行かないを覚えさせて自ら行かない様にネコ教育をしたい』
と言っていた。
ネコの幸せは飼い主さんが作り上げて、提供するのが本来ネコが長い幸せを得ることなのかな。
人は未来を予想し考えれる
人は幸せというのが何かを理解できる、作り上げる事も出来る
人は様々な世界を知っている、理想は何かを知ってる
人が動物とどう上手く共存できるかを考えられる
人は生命の危険性を察知し改善策を打ち出せ実行できる
動物は目覚めて寝る、その時その時を生きている
僕はネコらしい生き方というのを勘違いしていたのかもしれない。
だからネコたちの命と引き換に大きな課題を与えてくれたのかもと捉えるようにした。
将来、孫が出来たときに同じ運命を辿らないようにと言われている気がした。
四季を感じ、雨風感じ、暑ければ陰に隠れ、寒ければ丸くなり、おなかが空いたら家に戻ってきて餌を食べる。
庭にいるカエルやトカゲ、蝶を追いかけて、草を食べたり、草の上で昼寝したり。
木に登ってキジバトヒナを捕まえたり、巣立ち時のスズメをつれてきたり。
向かいの大きなお屋敷の庭で自由に遊び、疲れたら戻ってきて。
僕はそれがネコらしい生き方だとそう思ってきた。本来はそうあるべきじゃないかって今も思ってる。
間違いではないと思い続けたい。
僕の住んでる地域ならそれを許容していただけてた。
でも、ネコに対する安全性を保障するならば、それらを制限しなくちゃならない。
制限をするとネコがかわいそうだと思うのは人間が動物に対する思いがそうする。
だが、ネコは今を生きている。
だから人が作り上げた世界の中で動物を安全保障するのは人だ。
安全性を保障ができなかった僕はこれからも悩み続けそうに思う。
エフケー